またあの女だ。
僕は、僕らのスイートルームから来たばかり。
飲物は注文済みだ。
コニーはまだ用意ができていないとかで、後で、このバーに来ると言っていた。
そして、このバーにあの女がいた。
あの女は、前にも見かけた。
僕とコニーがチェックインしていた時だ。
僕らは新婚旅行中で、飛行機で飛んできたばかりの時だ。
あの女がロビーの向こうで僕たちを見ているのに気がついたのだった。
僕たちのところをちょっと見つめるようにしていた。
誰か僕たちの知り合いだろうかと考えた。
でも、僕にはあの女は全く見覚えがない。
コニーは気がつかなかった。
それはよいことだと思っている。
コニーが怖がるかも知れないから。
今、あの女はバーの向こう側に座っている。
もう一度、あの女の方をちらっと見てみた。
彼女は僕を見ていた!
僕はあの女の方を向かないように努めた。
しかし、それにしても本当に変だ。
僕は一体どういうことなのか知りたくてたまらなくなっていた。
もう一度、振り返ってみた。
ウインクされた!
ビックリして心臓が飛び出すかと思った。
怖がるのは僕の方だった。
彼女から目を離すとき、あの女はちょっと、計算したような笑みを浮かべて見せた。
これまでのどんな時も・・・
そう、僕が独身だったときは、こんな事は一度も起きなかった。
独身だったら、僕もどう振る舞うかをじっくり計算したことだろう。
あの女性は確かに魅力的だ。
すらりとした体つきで、長い茶色の髪、肉感的な日焼け。
でも、彼女の振る舞いは・・・
僕がコニーと一緒に来たのを見ていたに違いないのに。
何を考えているんだろう?
「こんにちは」
僕が見ていない間に、彼女は僕に近くに来ていた!
「こんにちは」
答えたけど、こんな状態にどうすべきか分からなかった。
コニーがすぐにも来るというのに。
「ここにはよくいらっしゃるの?」
僕に話題を持ちかけてくる。
もう一度、彼女の顔をちらりと見た。
落ち着き払っている顔だった。
「初めてですが」
彼女は体を傾け、僕の耳元に近づき、囁いた。
「私の部屋に来て・・・」
これにはたまらない。
夢に違いない。
夢は夢でも、悪夢の夢だ。
こんなあからさまな誘いは一度も聞いたことがない。
コニーが今にもやって来ようとしているのというのに!
「もう遅いよ」
できる限り平静を装って、答えた。
「遅すぎることなんてないわ」
謎めいた笑みを浮かべて言う。
突然、極めて居心地の悪い気持ちに襲われた!
女とは反対方向をチラリと見た。
僕の背後の肩先にコニーが立っている!
怒っている。
ひどく怒っている。
僕もビックリしていた。
この後どうしたものか考える。
コニーは、歯を剥くようにして低い声で言った。
「その人、どっかに追い出して!」
コニーは急ぎ足で歩いていった。
僕は走って後を追いかけ、腕を掴んで捕まえた。
「ねえ、お前、あの人は・・・」
コニーは僕の方を向いた。
低いが力がこもった声で言う。
「あの人を、追い出すだけでいいのよ!
お手洗いに行ってくるわ。
私が戻ってきた時には、あの女がどこかにいなくなってるようにするのがいいわね!」
そして行ってしまった。
バーの方を振り返った。
あの女がまだいた。
僕の方を見ていて、僕が振り返ると笑みを浮かべて見せた。
ちょっとおどけて乾杯するようにグラスを上げて見せてる。
僕はバーに歩き戻った。
「ちょっと、君。話しを聞いてくれ!」
僕は女に話そうとした。
「あの人、トイレに行ったの? じゃあ、私が連れてくるわね」
女も行ってしまった!
トイレに向かっている。
信じられない。
大変なことになる。
コニーは大爆発するだろう。
こんな、新婚旅行の始まり方ってあるのか。
僕は座ったまま、自分が何か悪いことをしただろうかと考えていた。
なんで、こんなことが僕の身に起きるんだ?
針のむしろに座る気持ちで待っていた。
女子トイレで何が起きてるんだろう?
僕はどうしたらいいのだろう?
もし、コニーが怒って出てきて、部屋に戻っていったら、僕も後についてすぐに戻らなくてはならない。
それにしても、何でこんなに長いのだ?
コニーが出てきた。
僕の方に歩いてくる。
そんなに怒った様子ではない。
僕はバーで座ったままコニーを待った。
近づいてくるコニーの後ろで、あの女がトイレから出てくるのが見えた。
壁に寄りかかるようにしている。
またも、僕に笑みを見せている!
「ねえ、出かけよう!」
僕は声をかけた。
僕たちは、商店街を一緒に歩いて、面白そうなナイトクラブを見つける計画をしていた。
コニーは僕を引き寄せ、耳元に囁いた。
「あの人と行って」
「何だって?!」
聞き間違いをしたのははっきりしてる。
「あの人と行って」
繰り返した。
柔らかな口調だが、耳元に囁くのではなく、はっきりと声に出して言う。
「ねえ! 何を言ってるんだよ?」
「あの人の部屋に行って! お願いだから!」
「いや、僕と一緒に出かけるんだ」
僕は席を立って、コニーの腕を掴んだ。
「だめ。
お願いよ、あなた。
私のために、そうしてくれないとだめなの。
お願い・・・」
コニーはギリギリの状態になっているように見えた。
「今回だけでいいの・・・
お願い。
質問はしないで。
いい?
お願い。
あの人と行って。
お願い、お願い、お願いだから・・・
私のために」
おわり