みゆきは、もし自分が目が見えぬ者に生まれていたら、どんな人生を送っていたことだろうと思うことがよくあった。先生のように目が見えなかったら、どんなのだろう。村からの道の途中、みゆきは古い石橋で立ち止まり、目を閉じ、橋の下を流れる小川の音に耳を傾けた。
先生は、1年前ほこりっぽい道を杖で叩きながら、村にやってきた。先生は、学者であり、作家である。もっとも、みゆきには、それが正確にどのようなことを意味するのか理解してはいなかったが。先生のお話しによると、先生は物語を創作するらしい。この世にない物事ではあるが、先生の心の眼には「見える」物事を書いた物語。先生は、心で想像したものを、尖筆を使ってぶ厚い羊皮紙に文字を刻み、書き留めている。
週2回、みゆきは、目が見えず年老いた先生のために簡単な家事の手伝いをしていた。みゆきが仕事をする間、先生は彼女に話しをし、この小さな村の外の世界にある様々な物事を教えた。
ある日、みゆきがお茶をいれていた時だった。先生が突然みゆきの手を握った。みゆきはハッと息を飲んで、声を飲み込んだ。それまで一度も先生は彼女に触れたことがなかった。先生の手は、みゆきの腕から肩、そしてその先へと這った。指先でみゆきの首筋を優しくさすり、続いて顔を撫でた。
「着物を脱ぎなさい」
みゆきは、先生の言葉に従わないほど分別がないわけではなかった。だが、どうしても言われた通りにすることができない。
「わしはこの通りの老人だ。何も怖れることはない。それに、目も見えぬしな・・・」
先生は顔の目のあたりで手を振って見せた。「だから恥ずかしがることは何もない」
みゆきは着物の生地を擦り、何も脱がずに衣擦れの音を立ててみた。
「わしは目は見えぬが、愚か者でもないのだぞ。着物をわしに渡しなさい」
みゆきは言うことを聞くほかなかった。
みゆきの肌は、体の中に火が燃えているように、熱を発していた。みゆきは、いつもなら自分の中に隠し続けるものを強く意識し始めていた。両手をどこに持っていったらよいか分からなかった。すべてを隠すには、二本の手では明らかに足りなかった。
先生は、長い間沈黙を続けたのちようやく言葉を発した。男と女が一つになって行う秘め事について語り始めたのである。
最初、みゆきは先生が言う言葉をほとんど聞くことができなかった。先生の言葉は恥ずべきもののように聞こえたし、体の奥で燃える炎もますます熱く燃え、意識を邪魔していたのである。だが、引き続き語りかけられ、先生の乾いてしわがれた声を熱い砂のように浴びせられるうちに、その感覚は好ましいものに変わり、やがて奇妙なくすぐったさをもたらすものに変わっていった。みゆきは、両足を震わせつつも、先生がいつまでも言葉を続けるように願うようになっていた。
***
ある時、京都の貴族の一人が村に立ち寄り、先生を訪問した。その貴族がひと目みゆきを見るなり彼女を気に入り、めかけになるよう求めたのは、必然的と言ってよいであろう。みゆきの家族は、それを誉れ高きことと喜び、求めに従った。
宮廷では、主君の新しいお気に入りに、他の女官たちは妬みを抱いた。女官たちは、田舎の村娘が実に教養に溢れていることに驚いた。加えて、みゆきが主君との寝床の間でも非常に卓越しているとの噂もあり、それにも女官たちは驚かざるをえなかった。みゆきがあまりに早く子を授かった時、女官たちはひそひそ声で噂しあった。そして、みゆきの最初の子が目の見えぬ子であると判明した時、皆、それについて舌打ちをしあったのだった。