窓際の椅子に座り、雨が窓ガラスに打ち当たるのを見ていた。冷たいガラスが額に気持いい。額が冷えきり、麻痺している。それは、額以外の私の全身も同じ。
「うわあ! 君、最高だね」
頭を上げ、振り向いてシェーンを見た。ジム用のバッグに荷物の最後を詰め込んでいる。何のことを言っているのか分からない。「え、何?」
「君のことだ、アバズレちゃん。その風情、すっかり芸術の域に達しているね。完全に会得しているようだ」 声に怒りがこもっているのが分かる。「まるで、回りのことなんか全然関係ないって感じで座っている。僕も君のように感情をなくせたらいいと思うよ」
「一人にして、シェーン。ただ・・・一人に」
シェーンが出て行きドアがバタンと閉まった。また頭を傾け、窓にあてた。雨は、今はますます激しさを増している。家の前にある古いニレの木の輪郭が見える。枝が容赦ない風にたわんでいる。
どうしてもシェーンの言葉を頭から追い出すことができなかった。
「うわあ。 君、最高だね!」
あの言葉を聞いたときからすでに一年近くたっている。ああ、本当にそんなに経ってしまったの? 何年も前のことのように思えるときもある。でも、まるで昨日のことのように記憶は鮮明だった。
****
「うわあ。 君、最高だね!」
突然真後ろから声を掛けられ、私は驚いて小さな悲鳴を漏らした。立っていたはしごから危うく落ちそうになった。力強い手で腰のところを押さえられ、ぐらつく体を安定させてもらった。注意しながら、肩越しに振り返った。
「ごめん。脅かすつもりはなかったんだけど」
ちょっと南部なまりが感じられる声。おぼろげに顔なじみだったように見える男性がそこにいた。「大丈夫よ」 私は返事をしながら、どこでこの人にあっただろうと思い出そうとしていた。私は、思い出せないことがあるのが、大嫌い。
彼は、一歩引き下がり、私ははしごを降りて、固い大地に降り立った。その時になって、その人がとても背が高いことに気がつく。午後も遅くなって、陽の光がまぶしい。手で目から光を遮りながら、彼の明るく青い瞳を見上げた。どこか好奇心を現しているが用心しているような眼差し。今すぐにでも逃げ出しそうにしているよう。濃い目のブロンドの髪が、秋のそよ風に乱れている。まるで私の指で掻いて欲しがっているよう。
頭を振った。一体どこからそんな考えが出てきたの? 「私はシャーリン。でも友達は私のことをチャーリーと呼ぶわ」
「知っているよ」 彼は私が不思議そうな顔をしたのに気がついたに違いない。それを察して続ける。「先月のフランシスのパーティで僕は君に会っていたから。僕はジャック」 彼は手を差し出し、私はその手を取った。
少しごつごつした手だった。肉体労働をしている人の手。「思い出したわ.ごめんなさい。ときどき、人の名前を覚えられなくて困ることがあるの」
「いや、いいんだよ」 彼はただ立っていたが、少し場違いと感じたのか、どうして良いか分からないようだった。
「あの・・・、どうして私のことを最高って言ったのか、訊いてもいい?」
「ああ、あれだよ」 彼は私が店のドアにかけていた小さな看板を指差した。【シャーリン・デランシー:フリー・ライター】と書いてある。「この前の日曜日に、トリビューン誌で君の記事を読んだんだ。とても詳しくて、ためになったよ。あの仕事、とてもうまいできだと思ったんだ」
「ありがとう」 私は顔が赤くなるのを感じた。私は誉められると嬉しくなる性質だった。
「ああ、もう行かなくちゃ」 彼はまた手を差し出し、二人はまた握手をした。「また会えるといいな」
「ええ」 私は彼が歩き去るのを見て、その後、看板の方に目を戻した。
***
次に彼に会ったのは、私が食料品店から出ようとして、彼が入ろうとしていたとき。「こんにちは!」 と声をかけると、「やあ、調子はどう?」 と応えてくれた。私は、そのとき急いでいたけれど、それにもかかわらず、彼が歩き去るまでじっと後姿を見ていた。ピッチリしたジーンズを履いた彼のお尻。その形に目を囚われていた。あのお尻、私の両手にぴったりと収まりそう。
「ぎゃああああ!」
何人か振り向いて、私を見ていたけど、私は無視した。一体、私はどうしてしまったの?最初は、彼の髪の毛。で、今度はお尻。私は、素敵なお尻のことも、彼自身のことも、頭から振り払うようにして、車に急いだ。
***
それから3ヶ月、私たちは何度か町で偶然、出会っては、立ち話しをした。私が分かったことは、彼が塗装の仕事をしていて、年は私と同じくらいで独身だということ。彼の方も分かったことがあって、それは、私が読書好きで、チーズケーキに目がなく、飼い猫である茶色のトラ猫に飼われているということ。
彼が塗装をしているところを私がたまたま通りかかると、どこでも、彼は仕事を休んで、二人、お話をした。天候のこと、音楽のこと、小説のこと。どんな話題でも。同じように彼の方も、少なくとも週に一度は私の小さなオフィスに立ち寄ってくれた。私が書いた記事について私と話すためだけに。
そんなある日、彼が私のデスクに腰を乗せて、何気なく訊いてきた。「そのうち、一緒にディナーに行かない?」
「ええ、いいわ」 即答で返事をしていた。返事が速すぎた? 多分、そうじゃないと思う。だって、彼は笑っていたもの。整って並んだ歯。彼の笑顔ほど素敵な笑顔を見たことがない。彼が笑うたび、その口元にできる深いひだを舐める自分の姿が頭に浮んでしまう。私は目を閉じ、心の中で自分をたしなめた。「チャーリー、彼のところをじろじろ見るのはやめなさい!」
「3、4週先の週末はどうかな? その頃には僕も今の仕事を終えているから」
「いいわ」
彼は手を振って、また笑みを見せて帰っていった。私はジャックのことについての思いを振り払い、仕事に専念した。
***
2週間後、デート予定の日のまだ2週間前。彼は私の家に電話をかけてきた。私は、テレビで「Whose Line is it Anyway?」の再放送を見ながら、足にマニキュアを塗っていた途中だった。おかげで、留守電に変わる前に電話に出るため、アヒルのような格好で歩いていかなければならなかった。
オーバーオールのポケットに私の名刺が入っているのを見つけ、裏に電話番号があったので、試しに電話してきたと言ってた。私は、カウチに飛ぶようにして座り、前に足を放り投げ、塗りかけのつま先を見つめながら電話をしていた。
電話の間に外では雨が降り始めていた。じきに稲光と雷鳴も混じる。二人とも、さようならを言い、電話を切った。塗りかけのつま先のことは忘れていたし、テレビも小さな音にしたまま、頭から消えていた。カウチの隅で体をくるりと丸め、外の雨を見つめた。稲光はだんだんとその間隔が長くなり、じきに止まり、雷鳴もしなくなった。そして雨も小降りに変わっていた。雨水が屋根を打つ音を聞きながら、そして頭の中でこだまするジャックの声を聞きながら、私は眠りに入っていた。
***
あの夜、何かが変わった。それが何かは分からない。指で触って分かるような形のあるものではない。ジャックのことを思っている時が多くなっていることに気がついた。今度、会って話しをする時を待ち望んでいる。その期待に手のひらが汗ばみ、心臓の鼓動が早まるのを感じる。
電話で彼が私の名前を呼んだとき、セクシーに聞こえたのを思い出し、体が震えた。低音でかすれ気味に呼気が混じり、不思議な安堵感に満ちた呼び方だった。彼と二人で真夜中にジョンソンの小川に行く夢想をした。私の肌を包むものは、小川の水と月の光だけ。そして、彼の銀色に輝く青い瞳の熱にさらされている。真夜中に目を覚ますことがよくあった。そんな時、枕の横を向き、隣に彼が横たわっていたらどのように見えるだろうと想像した。彼の両腕に優しく包まれ、彼の長い脚が私の脚に絡まっている。彼とはキスすらしていないのに。こんな種類の夢想を自分がするとは、自分でも信じられなかった。
あの日、あの他愛ない電話に私の心が影響を受けたように、彼の方も影響を受けたのだろうか? 確かめようとしたけど分からなかった。私は人の心を「読む」のが下手だし、口に出して訊いてみる勇気も搾り出せなかった。来るデートの夜のことを待ち望みながら、長い間、忘れていた興奮を感じていた。
***
デートでは、私のアパートの通りにある小さなイタリアン・レストランで食事をした。前菜とトルテッリーニ・アルフレードというパスタを食べながら、笑い、話しをした。彼はテーブルの上、私の手を握っていた。力強い手をしていた。指は長く、ごつごつと曲がっていた。手仕事をしている人の指。だけど、優しい手だった。まるで彼がいつも使っている塗装のハケで、絹のように滑らかにさーっとひと塗りされるよう。ふと、彼がハケを手にし、私の手首の内側を上下に滑らせ、腕の内側から胸にかけて滑りあがってくるのを想像した・・・ワインを一口飲んで、会話に集中した。
ディナーの後、彼は私をアパートまで歩いて送り、そこで私を抱いてくれた。私は、帰ろうとする彼の手を引っ張り、引き寄せられた彼は、私の方を振り向いた。私は何も考えることなく、彼にもたれかかってキスをした。彼と私で、どちらがより驚いていたか、私には分からない。でも驚きはすぐに喜びに変わった。彼は私にキスを返してくれた。ためらいがちのキスだったけど、唇は柔らかくしなやかだった。お腹の辺りが疼くような感じがし、頭が朦朧としてくるのを感じた。ぼうっとして気絶しそうだった。それほど気が遠くなったことはそれまで一度もなかった。ようやくキスを解かれ、私は倒れてしまわないように背中をドアにもたれ掛けなければならなかった。彼はにっこりと微笑み、私の額にキスをし、車に歩いていった。彼も私も、次のデートのことについては話しをしていなかった。けれど、必ず2回目のデートもあると私には分かっていた。
***
確かに2回目のデートもあった。そして3回目も、4回目も。いつしか、私たちは、私の友達にも彼の友達にも、二人でにっこり微笑んで、自分たちが互いに「今は公式的な必須アイテムになっている」ことを知らせる間柄になっていた。二人で映画を見たり、レストランでディナーを取ったり、ダンスに出かけたりした。外に出かけず、私の家や彼の家にいるだけのこともあった。テレビを見たり話しをしたり。不意にキスを仕掛けあったり、コマーシャルの間、ゆっくりと時間をかけて愛撫しあったり。
そんなある晩、部屋の中、二人でふざけながら、どの番組を見るかで言い争いをしたときがあった。彼は古いイタリア映画を見たがっていた。でも、私は、「ロマンシング・ストーン」を見たいと思っていた。もうその時で見るのは50回目になるけど。私はリモコンを見つけ、お尻の下のクッションの下に隠し、頑としてどけるのを拒否したのだった。彼はおとなしく諦めるかわりに、私をくすぐり始めた。くすぐり攻撃には、それを防御して、くすぐり返すしか道はない。
じきに二人とも、テレビのことなどすっかり忘れて床の上に転がっていた。最初に動いたのがどっちだったのか、今は分からない。覚えているのは、彼が、恐ろしいほどの飢えを見せて私にキスをしてきたことだけ。そんな風になった彼は一度も見たことがなかった。まるで崖ふちに立った私に、大波が押し寄せて、頭上で崩れかかってるような感じだった。その大波に、私は溺れていった。波から助け出されたいという気持はまったくなかった。私も、彼と同じくらいの飢えた気持で、キスを返していた。
二人とも忙しそうにして服を脱いだ。彼は私の体を反転させ、私を下に組み敷いた。肌と肌が触れあった。彼の両手に、体を触られ、揉まれた。彼の口に、舐められ、吸われ、そして甘噛みされた。私は熱狂したようになり何も考えられなくなっていた。これは二人が初めて体を重ねるとき。だから、二人ともゆっくり時間をかけて情熱を高めていくべき。つまり生涯、忘れられないようなものにすべき。でも、そのときの私にはそのようなことはまったく意に介していなかった。
彼の両肩を押し、彼を仰向けにさせた。今度は私が上。両手のつめを立てて、彼の胸板を引っ掻いた。この行為に、彼から驚きの溜息が漏れる。「強すぎた?」 問い掛ける私。
彼は私の頭の後ろを押さえ、唇に痛いほどのキスをした。またお腹の辺りが疼くのを感じた。今度は最大の勢いで。彼に口を塞がれながら、体の深いところから出るような低いうめき声を漏らした。彼が腰を私の腰に擦りつけている。彼の勃起が私の恥丘を圧迫し、クリトリスに当たっている。彼は、口を離し、私の口から、首の横へと移った。耳の下の敏感なところに、キスと舐めることを交互に繰り返された。私はもはやこれ以上、待てない気持になっていた。
「避妊して」 かろうじて言葉にできたのはそれだけ。
彼は私の下から身を乗り出し、脱ぎ捨てたジーンズのポケットに手を突っ込んで、薄ビニールの包みを取り出した。開けようとして不器用にいじっている。緊張からか、もどかしさからか、あるいはそのどちらもが少しずつ混じっていたからなのか、両手が震えていた。
ちょっと不満そうな低い声をあげて、私は彼の手からそれを奪い取った。歯で包みの端を引きちぎって開けた。中から取り出し、彼の硬くなったところに手を伸ばし、さっと急いで滑らせ、薄ゴムの鞘をつけた。あれだけ注意してつけたけど、裏表逆だったかもしれない。
仰向けになっていたジャックは、下から私の腰を押さえ、硬直したもので私を貫いた。私は、そのままちょっと彼の上に座って、すべてを満たされた感覚に耽っていたかったけど、彼は違うことを考えていたようだった。彼も体を起こし、両足でカウチの土台を押さえながら、体を揺さぶり始めたのだった。この体型のため、クリトリスが彼の恥丘に擦られた。ごわごわした彼のヘアが、何十本ものとても小さな指の働きをして、恐ろしいほどの快感を私に送り込み、私を狂わせて行く。
それから間もなくして、私は強烈な絶頂を感じ、その感覚に我を忘れた。彼に向って倒れこみ、彼を道連れにして床に覆い被さった。知らぬ間に、私の両脚は、万力のようになって彼の腰を両側から締め付けていた。彼が大きなつめを私のお尻に立て、断続的に指に力をこめているのを感じた。
性の興奮の高原からふもとに降り、私は、額を彼の額に当てて休ませ、荒い呼吸を整えさせていた。呼吸が落ち着き、少し顔を上げて、彼の目を見た。「喉が渇いたわ」 そう言って、注意しながら立ち上がった。
ふらふらとキッチンに歩いていって、グラスを取り、水をいくらか飲んだ。そのグラスに、ジャックのためにもう一度、水を入れ、リビングに戻った。見ると、彼は、私が体を離したところと同じ場所にまだ座っていた。両手で股間のあたりに何かしている。彼は顔を上げて言った。「これ、はずせないんだ」
「え?」
「コンドームだよ。はずせないんだ」 彼の頬が赤くなっていくのが見えた。唇に恥かしそうな笑みがほのかに浮んでいた。「君があんなに急いでつけたものだから、もう、僕の毛に絡まっちゃって、取れないよ」
「あ、ちょっと待ってて」 私は机の引出しをかき回して、はさみを見つけた。それを彼に差出し、彼も手を伸ばして、私から受け取ろうとした。その状況のおかしさに、二人同時に気づき、二人一緒に発作になったように笑い出してしまった。
***
それから3ヶ月、私は至福の状態で暮らした。ジャックと私は、空いている時間をすべて一緒に過ごした。二人には何も共通点がなかったが、それは問題にはならなかった。私は、毎日、彼の中に何か新しい、好きになれるところを発見した。これ以上、幸せにはなることなどできないと、完全に納得していた毎日だった。
ある日、母から電話が来て、祖父が亡くなったと言う。祖母はそれをいたく悲しみ、葬式に私が来れないか知りたがっているらしい。もちろん、私は葬式に出席すると言い、ジャックは私を空港まで車で送ってくれた。
帰りの飛行機の中、予想以上に、私がこの旅行から大きな影響を受けていたことを実感していた。思ってもいなかった影響。祖母が文字通り、ボロボロになっているのを見た。祖母は、祖父が逝ってしまった後、どうやって生き続けていくか分からなくなってしまっていたのだった。私は、ジャックと自分のことを考えた。彼と一生つながっていくとしたら、最終的にどうなってしまうのかを思った。私が欲していることは、こういうことなの? いつかは彼も死んでしまう。あるいは、私が先に死んでしまうかもしれない。それを知っているのに、彼とあれほど親密になること。それを私は求めているの?
混乱し始めていた。彼とは別れてしまうべきだ。家に着いたらすぐに彼に電話しよう。自分の恐怖が理屈をなしていないのは分かっていた。だが、自分の考えていることは正しいのだと合理的な解釈を与えようとする自分を止めることができなかった。いま別れることは、最終的には二人のためになることなのだと。
ジャックは空港に迎えに来てくれて、私を家まで車で送ってくれた。私の様子がどこかおかしいと彼も気づいていたと思う。だけど多分、彼はそれは祖父が亡くなった悲しみによるものだと思っていたと思う。確かに悲しみだった。ただ、彼が考えていたものとは別の。
アパートの前に車がついたとき、私は向きを変えて彼と対面した。「ジャック、私たち、もう会わないほうがいいと思うの」
その時、彼の顔に浮んだ表情は、何週間も私を苦しめるだろう。「どうして?」 彼はそれしか言わなかった。
「それが一番だと思っただけ。私には、まだ、関係を続ける心積もりができていないの。これからもずっとその気持はできないままだと思う。だから、今のように二人がまだ友達同士である時に終わらせておくべきだと思うの」
彼は、反論しようとしたように見えた。でも、彼は、バックシートから私のバッグを取って、私に手渡すことしかしなかった。彼は目に涙を溢れさせていたが、それでも何も言わなかった。
私は、素早くアパートの階段を駆け上り、玄関のドアの鍵を開けた。中に入り、ドアにもたれかかり、涙が流れるままにさせた。自分の一部が死んでしまったような気がした。
***
シェーンが私の人生に割り込んできたのは、それから2ヶ月もしない頃だった。シェーンは、近くのカジノに勤めているディーラーで、ジャックとは正反対の人間だった。背が低く、小太り、黒い髪の毛。ちゃらんぽらんで、「世の中どうにでもなってしまえ」的な態度。ある日の午後、雨に降られながら家に歩いていたとき、バイクに乗った彼が、私の横に現れたのだった。バイクで乗せていってあげようかと言われた。私の中のひねくれた子鬼に説得され、私はその誘いに乗った。
アパートに着き、雨がやむまで待つように、彼を部屋の中に招いた。そして結局、その夜、彼は泊まっていった。その最初の夜に、私たちは少なくとも4回セックスをし、それから1週間も経たないうちに、私は彼に私のアパートに越してくるように頼んでいた。
後から振り返ってみると、そもそもどうして自分がシェーンと関わるようになったのか分からなかった。孤独感のせいだったかもしれない。あるいは、ジャックと別れることが正しいことなのだと私を説得した、あの私の中のひねくれた子鬼のせいだったかもしれない。私とシェーンの間に燃え上がった炎がたとえあるにしても、その炎はすぐに萎んでいった。
間もなく、私たちは喧嘩をするようになった。よく、お金のことで喧嘩になった。私は、二人の会計は別々のままにしておきたいと思い、彼は合わせたいと欲していた。彼は私に執筆活動をやめて、彼の働くカジノで一緒に働くようになって欲しいと思っていた。だが、私はディーラーになりたいとは思わなかったし、執筆もやめたくなかった。でも彼は私のことを意に介さず、「今よりもっと儲かるぞ」と言うだけだった。セックスは、セックスをしたときは、たしかにまあまあだった。都合よく私に言い忘れていたのだと思うけれど、彼は性欲が少ないのだった。すぐにセックスのことが問題として浮上するようになった。彼にとっては、週に1回でまったく充分。彼は口で愛されるのは好きだったが、口で愛するのは好きではなかった。私に口でしてくれたのは1度だけ、それも一緒になった初めての夜にしたきり。言うまでもなく、そのことも言い争いの原因になった。
私はますます自分のオフィスで時間を費やすことが多くなり、彼もカジノで残業をするようになっていた。二人の関係は行き詰まりだとは私も分かっていた。でも、私は終わらせることはしなかった。関係に失敗した人間となるのが不安だったかもしれないし、独りになるのが恐かったからかもしれない。今も分からない。
依然として、時々、ジャックの姿は見かけていた。食料品店や、モールで。彼が私のところを見ていたかどうかは分からない。それに私も不安のあまり、彼のところに歩み寄って、「こんにちは!」と声をかけることなどできなかった。彼とは距離を保っていた私でも、いつも心の奥に彼がいたのは事実だった。夜、隣でシェーンが眠り、私が独り取り残されているとき、ふと気がつくと、いつもジャックのことを思いつづけていた。彼と一緒にいた思い出に耽る自分だった。
***
週末、サンディエゴで開かれた作家の集会から早めに帰宅したときだった。シェーンが別の女性とベッドにいるのを見た。実際、まだ少女と言ってよかった。彼女はシェーンの親友の妹で、18歳になったばかり。私にはない見事な体の曲線をもった娘だった。
私は向きを変え、外に出て歩きつづけた。何時間か後、家に帰った。シェーンは説明しようとしたが、私は、荷物を全部まとめたらすぐに出て行って欲しいとしか言わなかった。その時、雨が降り始めていたのに気がついた。窓際の椅子に体を丸め、両膝の上にあごを乗せてたたずだ。シェーンが部屋の中を歩き回る音と外の雨音が聞こえていた。
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シェーンがバイクのエンジンを吹かし、切り裂くようにして道を走り去る音に、思い出の小道を歩いていた私は我に帰った。手の甲で頬に残った涙の跡を拭いながら、自分がどこで間違ってしまったのだろうと考えた。
よく人は、クリアーになる瞬間があると言っている。すべてが完璧にクリアーになる瞬間。混乱も、曖昧なところもく、方向も迷うことがなく一筋に決まる瞬間。
コマドリが一羽、窓際にやってきて、体を振って雨粒を振り落とした。それを見た瞬間、私は自分がしなければならないことが分かった。クリスタルのように澄み切っていた。
私は鍵を集めて、ドアの外に駆け出した。
***
ドアのチャイムを鳴らして3回目だった。灯りがまったく点いていなかったけれど、彼が家にいるようにと祈っていた。4回目を鳴らし、これで最後にしようとしたときだった。玄関のドアが開いた。
ジャックが、裸足で、寝ていたままの皺が残ったパジャマ姿でそこに立っていた。まるで幽霊でも見ているように私を見ている。「チャーリー?」
私は彼の腕の中に飛び込んだ。心をよじるような啜り泣きが体を通して出てきて、言葉をくぐもらせた。
「ジャック、ごめんなさい。本当に、ごめんなさい。私はバカだったわ。あなたを愛しているの。まだ愛しているの。ただとても恐かっただけ。ある日、目を覚ますと、あなたにもう私のことは本当は全然愛していないと言われるかもしれないことが。ただのゲームだったんだよと言われるかもしれないこと。私自身の愚かなプライドや頑固さのために、それとも私が完璧でないためにとかいつの日かあなたが死んでしまうために、あなたを失ってしまうかもしれないこと。それが恐かっただけなの」
彼はいつまでも私が取り留めもなく話し続けるのを、ただじっと抱いて、背中を擦りながら聞いていてくれた。私の啜り泣きは、いつしか、散発的なしゃくりあげに変わっていった。そして顔を上げ、彼を見つめた。初めて、本当の意味で彼を見た。彼のどこか特定の一部ではなく、彼のすべてを。私はこの男性を愛している。彼が私に感じさせてくれる感覚がその理由。彼が私を私のまま受け入れてくれることがその理由。そして、私の目に彼は特別な人と映らせる、様々な小さなことの数々がその理由。「間違っていたわ。バカだった。お願い、もう一度、私にチャンスをくれると言って」
彼は微笑んでいた。何ヶ月も前に私が見たあの時と同じ微笑。「僕も間違っていたんだ。僕の人生から君が歩き去るのをそのままにして、もう一度、取り戻そうとすらしなかったのだから。僕はバカだったよ。お願いだ。もう一度、僕にチャンスをくれると言ってくれ」
私も微笑みを返した。また新しく目に涙が溢れてくる。それを感じながら、私は頷いていた。
「さあこの濡れた服を着替えようよ。それから話しをしよう」 彼は私の額にキスをし、私を横に抱き寄せ、ゆっくりとドアを閉めた。