「雪の国から」 From the Land of Snow  By Richard Rivers

ある時、私は山の中をさまよっていた。あまりにも遠くにあるため、いかなる地図にも名前すら載っていないとある村から次の村へ向う途中だった。冬が近づいていた。旅をするには愚かな季節である。だが、当時、私は自分を追い詰めることに慣れていた。あえて自ら進んで危険を犯し、安全や安らぎを得ようとすることはほとんどなかった。

山道に差し掛かるにつれ、雪が降り始めた。雪は行く手の道に白い毛布をかけ、私の周りで渦巻いていた。陽は、その季節、すでに残酷なほど短くなっていたが、急速に沈みかかっており、今にも死に絶えようとしていた。たった一人、雪をしのぐ場所も持たないまま私は夜に捕らえられてしまった。その土地は初めての土地でもあり、私は、目的地につくまでどのくらい進まなければならないのか、あるいは、脇道にそれて夜をしのぐにしてもどのくらい進まねばならないのか、皆目分からなかった。

雪はますます激しくなり、とうとう、前方の道がほとんど分からなくなってしまった。誤って絶壁から転落してしまうかもしれない。その恐怖から、私は立っている場所にしゃがみ込むことを考えた。外套を屋根にして嵐がすぎるまで待とうと。だが、そう思った時、前方で灯りがちらちらと光るのを見たのだった。

最初、その灯りは自分の脳が勝手に想像し、作り上げた幻想だろうと思った。道に迷い自暴自棄になった人間が、見たいと思うものを見た気になることはよくあることだ。だが、灯りが道のすぐ脇から、再び私の方向へ近づいてくる。その灯りを道しるべにして、私は注意深く前進した。その土地には、魔術師や魔物の伝説があった。旅する者ならば誰もが知っている話である。私は根が迷信を信ずる人間ではない。だから、人間たちが作り出した超自然的な存在より、生身の人間の方を恐れていた。私の前方の道脇に、ランタンを持ち頭巾をかぶった人物が立っていた。

「そこにおられるのは、どなたか?」

できる限り警戒心をこめた声で叫びかけた。だが、その人物は返事もしなければ、いささかも動こうとしなかった。

すでに数歩と離れていなかった。恐怖心に喉を引きつらせながら見ていると、彼は頭巾を後ろに引き、顔を現した。魔物でもなければ魔術師でもなかった。やつれた目をした老人の顔だった。危険を感じさせる顔ではなく、疲れてやつれきった顔だった。

老人は私の目を凝視していた。「夜、一人で歩く、お前こそ何者だ?」

名前を告げ、自分の目的を告げた。「嵐がすぎるまで、私にしのぐ場所を貸してくれないだろうか?」

「ならば、ついてきなさい」 老人は向きを変え、木がうっそうと茂った森の中に私を連れて行った。

森の奥、道からかなり離れた場所に、老人の家があった。その家を見たとき、心が躍った。灯りがともり、煙突からは食欲をそそる煙が出ている。旅人にとって、これほど嬉しい光景はない。

家の中に入り、温かい灯りの中、老人は私に話し掛け、名乗った。純一郎という名だった。純一郎が手を2回鳴らすと、奥から女性が二人現れ、私に軽く会釈した。純一郎は、妻と娘だとしか紹介しなかった。二人とも美しく、そして瓜二つに見えた。まったく同一の女性が、乙女としての姿と成熟した女性としての姿を現しているように見えた。二人とも、純一郎に似たところがなかった。ちらりと純一郎を見ると、彼の妻と言う女性には似つかわしくないほど歳を取っているし、山に住む人間に見られる粗野な印象があった。だが、純一郎とは対照的に、女性の方は二人とも優雅さと美に輝いていた。都にすむ洗練された女性にしか見られない優雅さと美しさが、二人にはあった。

二人は一言も言わずに、私の食事の準備に取り掛かった。純一郎は自分のもっていた乾いた衣類を私に出してくれた。食事を終え立ち上がろうとしたが、なかなか腰を上げることができなくなっているのに気がついた。両足が硬直してしていたのである。急な山道を歩き、自分がいかに疲労していたか、その時になって気づいた。純一郎と二人の女性は、3人がかりで私が立つのを手伝ってくれ、すでに寝床が用意してあった小さな部屋に案内してくれた。私は疲労のあまり、純一郎たちに適切に感謝することもできないまま、すぐに眠りに落ちていた。

夜中、目を覚まし、外でまだ吹雪が吹きすさんでいる音を聞いた。窓ががたがたと揺れ、屋根にどっしりと雪が積もり家の柱がぎしぎしときしんでいた。他にも音が聞こえていたが、それは疲労による幻聴だろうと思った。床から尾を引くような静かなすすり泣きが聞こえた気がした。他にも、喉を搾り出して腹の底から出したような叫び声も聞こえた気がした。愛し合うものが一緒になっているときにに出し合うような声だった。

翌朝、目が醒めたときも、まだ雪が降っていた。雪はそれから三日間連続で降り続き、私たちは4人とも家の中に閉じこもり、吹雪が家の軒よりも高く雪を積もらせていくのを見ていた。家の中、私たちは会話をして時を過ごした。彼らは名前以外、自分たちのことについてあまり語らなかった。老人の妻の名は佐和子といい、娘は由貴という。どうして純一郎のような男が、山奥でひとり生活しながら、このような美しい女性を妻にできたのか。それは気にしたくなくとも、どうしても気になってしまうことだった。二人の結婚の背後には興味深い話があるに違いないが、誰も進んで私に話そうとはしなかった。私も客人の立場であるので、強いて聞きだそうとするのは無礼だと感じていた。一方、彼らは、外の世界の話について実に興味を持って私から聞きだそうとしていた。私は人生の大半を旅人として過ごしてきていたので、話すことにはこと欠かない。雪が降る間、私は自分が見てきた多くの不思議なことについて語りつづけ、3人をもてなした。

そのような時、一つ、不可解なことがあった。話をしていたとき、たまたま私は自分の年齢が27歳だと言った。それ自体、私には特別な意味はなかった。強いて言えば、27が3の3乗であるということだけだ。だが佐和子は、それを聞いて、両手を叩いて大喜びしたのだった。

娘にちらりと視線を向けながら佐和子は言っていた。「これは、よい徴候ですわ。私は36歳で、娘は18歳ですもの」

私が意味が分からないと言うと、佐和子は続けて説明した。「私の歳は娘のちょうど2倍。そして、お客様のあなたは、私たち母娘のちょうど真中の年。3人とも間がちょうど9歳ずつ。絶対、何か不思議なことがこれにはあるはず」

このような偶然は、それ自体は私には何の意味もなかった。私は迷信を信ずるタイプの人間ではない。だが佐和子は、このことを非常に重視していた。佐和子はさらに続けて私の正確な誕生日、それに私の両親のことについて知りたがった。残念なことだが、私は両親のことについてはほとんど覚えていることはない。父も母も、当時、都を襲った流行病で死んでしまったこと。両親についてはそれしか覚えていなかった。私が覚えている最も古い記憶と言えば、孤児院の思い出だけであった。そこから逃げて、私は放浪を始めたのである。

3日目、ようやく雪がやんだ。私は純一郎を手伝って、たきぎ置き場と風呂小屋に通じる道の雪掻きをした。そこまでの距離は短いものではあったが、丸一日がかりの仕事になり、私も純一郎も疲れ果てた。長年山で暮らしてきたが、これほどの大雪は見たことがないと純一郎は言っていた。積雪は家の高さにもなっていた。

「山道がまた通れるようになるまでどのくらいかかるのだろうか?」

そう訊いたが、純一郎は頭を振るだけだった。普通の積雪でも、何週間も道が閉ざされてしまうこともあると言う。これだけ雪が積もってしまうと、いつになったら旅の続きができるようになるのか、皆目見当がつかないとのことだった。

純一郎の言葉に、私は意気消沈した。私はこれまで、再び旅出を求めて足の裏がうずうずしてくるまで、ひとつの場所に長く留まることは一度もなかった。だが、この場所は違った。家に戻ると、二人の女が楽しそうにしている姿が見えた。二人は三日振りにお風呂に入れると、待ち望んでいたのだった。皆で陽気に夕食を取り、純一郎は大切に隠し持っていた酒を持ち出し、私たちは互いの健康を願って乾杯をあげた。

食事の後、純一郎は、風呂桶の下に火をともすやり方を私に実演して教えてくれた。井戸はすでに埋められていたので、まず風呂桶に雪を一杯に詰め、それを溶かした。女たちが風呂に入っているあいだ、私と純一郎は屋外に立ち、温かい酒を飲みながら火を見守った。夜が近づき、山の空気はきびきびと鋭い冷たさを増していた。火の粉が月の出ていない空に舞い上がり、炎はパチパチと大きな音を立てて燃えていた。その音が、雪をかぶった周りの木々にこだましていた。私は深呼吸をし、燃え盛るスギの薪と燗酒から出る香りを吸った。浴室からは、歌を歌うような笑い声。その笑い声に、この薄い壁を隔てた向こう側に裸の女が二人、温かいお湯につかっているのだと改めて認識した。

あの夜、私は、ぐっすり眠った。あれほど熟睡したことはなかった。一日の激しい労働、それに続いて酒を飲み、熱い湯に浸かったことで、私は体の芯から疲労を感じ、同時に満足感も感じていた。夜中、一度だけ目を覚ました時、薄いふすまを隔てた向こうで、純一郎と佐和子が愛し合っている声が聞こえた。ほろ苦く、甘く切ない気持を抱きながら、私は自分がいかに孤独であったかを改めて認識していた。いったい何年、私はさ迷い続けてきたのだろう? 私が訪れ歩いた場所の数は、いったい幾つになるだろう? 一度も、腰を落ちつけて休んだことがなかった。確かに自分が関わった女たちはいた。だが、いつも、ただの飢えた肉の交わりにすぎなかった。

夜、暖かい寝床で自分を待つ妻のもとに帰る喜び。どのような喜びなのだろうと、想像を巡らせた。純一郎と佐和子がかなでる声が、私の夢の中に混じり合ってきていた。夢の中、由貴の姿が浮んだ。着物の帯を緩めている。いつしか由貴は、全身真っ白な衣装に変わって、私に近づいてくる。口元が揺れている。しかし、由貴の瞳を見つめると、次第に様変わりし、知らぬ間に、醒めた笑みを浮かべる佐和子と面していた。

嵐がやみ、大気が澄み切った晴天に変わった。冬の太陽は明るく輝き、暖かい熱はもたらさぬものの、きびきびとした光を雪に反射させた。私は、日中、純一郎を手伝って家の周りの雪掻きをし、その後、近くにある沼へ向けて道を作り始めた。純一郎は、凍結した沼の水面下に住む魚を捕まえるための実に巧みな装置を作っていたが、その仕組みについて私に説明してくれた。何ヶ月にも渡る冬季には、他に食料となるものはない。この一家は、純一郎が捕らえてくるものを主とした糧として生き延びていた。沼は家からはさほど遠い場所にあるわけではなく、普通なら、10分もかからぬ場所にあった。だが、そこへ至る路の雪を取り除くのには数日かかった。

この時期、私は、長い間休眠していた女体への欲望が再び息を吹き返してくるのを感じていた。佐和子が、私と彼女たちの年齢について述べたことは、正しい予言となっていた野かもしれない。自分が、母と娘のどちらにも、等しく惹かれていることに気がついた。どちらも私から等しく離れていたし、等しく近くもあった。由貴には、繊細で壊れてしまいそうな美しさがあった。腰や臀部は細く、胸も膨らみ始めた春の蕾のように小さかった。まだ、完全に成熟した女性の美しさへとは変身していない、咲き掛けの美しい肉体だった。そして、野生のうさぎのように、はにかみ屋なところもあった。私の視線を感じると、うつむいたり横を向いたりして、目を避ける。

美しさでは佐和子も同じだった。だが、由貴と比較して、佐和子の大人の女性としての丸みを帯びた成熟した美は、腰や胸の豊かさにはっきりと現れていた。よく笑うたちで、私と接する時には、意味ありげに優雅に振舞う。そのような佐和子の素振りは、彼女が女性特有の手管を数多く心得て、愛の方法を知っていることを表しているものだと私は解釈しいていた。毎夜、私は佐和子と由貴の二人を夢に見ながら眠りについた。どちらか一人を夢に見て、次にもう一方を夢見る。同時に二人を夢見ることもあった。

由貴と佐和子は、食事の準備や掃除、繕い物などをしていないときは、その暇な時間を読書をして過ごしていた。私自身は、読み書きを習ったことがなく、それを認めるのを恥じて、できる限り二人にはその事実を隠していた。だが、佐和子は、私のその秘密を知ると、私に読み書きを教えると言い張った。それ以来、毎日、午後の1時間、二人は持っている本に現れている文字を指差し、私にその読み方を復唱させるようになった。だが、あいにく、私はできの悪い生徒だったようだ。二人が私の両側に座ると、二人の体が私の体に押し付けられることになる。佐和子のしなやかで暖かい肉体が一方から押し付けられれば、もう一方からは、由貴の張りがあって固さが残る肉体が押し付けられる。これでは、記憶しなければならない文字を心に留めておくことなどできなかった。そのような時、純一郎は、彼自身、文字が読めないこともあって、唸り声を上げては不快感を表し、魚の釣り糸の様子を調べに外に出るのが常であった。

ある日、純一郎がなかなか帰ってこなかった時があった。文字の勉強の時間が終わった後、3人で純一郎の帰りを待っていたが、彼は一向に姿を見せなかった。佐和子と由貴は玄関先に立ち、じっと口をつぐんだままだった。私は長靴に足を入れ、コートを羽織り、純一郎を探しに行くことにした。

沼の近くに純一郎を発見した。凍てついて死にかかっている。

「純一郎! いったい何が?」

ほとんど口をきけない状態ではあったが、それでも彼は説明してくれた。釣り糸の1本が絡まっており、それを引っ張ったときに、足を滑らせ氷を割って沼に落ちてしまったらしい。

「これでは凍てついて死んでしまう。家に戻ろう。暖かい風呂に入れなくては」 だが、驚いたことに、純一郎は頭を振っていた。

「だめだ、もう遅い」 手を自分の心臓の上に置いていた。「すでに死に捕まってしまったようだ」

「そんなことはない。さあ、私が背負って行くから」 だが純一郎は私を押しのけた。

「時間がない。私の言うことをしっかりと聞くんだ」 声はほとんど聞き取れないほど小さくなっていた。「あんたに言っておかなければならないことがある。不意に死に襲われるのではとの恐れから、今まで言えずにいたことだ。だが、今となっては、どの道、死に囚われてしまったことだし、言わなければ」

私は純一郎に顔を寄せた。それほど声が小さくなっていた。

「聞くんだ。しっかりと聞いてくれ、若いの。私の妻と娘な・・・あの二人は不死身なんだよ。魔物なんだ、二人とも!」 純一郎は発作的に咳をし、言葉をとぎらせた。「私はもうじき死ぬだろう。あんたが一人になったら、絶対にあの二人とは寝ないことだ。由貴とも佐和子ともどちらとも! どちらであれ、体を触れあったなら、たちまち、あんたは終わりになる。あの二人に食べられてしまうだろう」 再び、激しい咳に純一郎は襲われた。

「どうしてそんなことが?」 信じられなかった。「どうしてあなたは生き残ったんですか? もしあの二人がおっしゃる通りの魔物なら、どうしてあなたを食べずに残しておいたんですか?」

純一郎は、話す力がほとんど残っていなかった。「時間がない」 そう喘いで、目を閉じた。息を引き取ってしまったのかと思ったが、彼は休んでいただけだったようだ。少し経ち、また目を開いて話を続けた。「言った通りにするんだよ。あの二人を近づけるな。誘惑に負けるのではないぞ。そして雪が消えたら、できるだけ速やかにこの土地を離れるんだ。この話を信じるんだ。このことをあんたに話したことで、わしは死を早めているんだよ」

雪の中を駆けて来る足音が聞こえた。振り向くと由貴と佐和子がこちらに近づいていた。純一郎の顔に目を戻した時には、すでに彼は死に顔になっていた。

痛む心のまま、家の近く、雪を掻き分け凍りついた地面に穴を掘り、それを墓として、純一郎を埋めた。それから何日かの間、主人の死の悲しみに、妻も娘も、打ちひしがれていた。それに応えるかのように、天候も再び崩れ始め、私たちはさらに数日、吹雪のため家に閉じ込められた。嵐の音を聞きながら夜、眠れずに横になっていると、以前に聞き覚えのある奇妙な泣き声が聞こえてくる。佐和子と由貴のそれぞれがいる二つの部屋から、あの声が聞こえていた。それを知ったのは、そのときが初めてだった。

私は、純一郎が死の直前に話した警告について考えていた。女たちは二人とも純一郎の死を心から悲しんでいる。魔物から想像されるような反応とはとても思えない。毎朝、起きると、二人は一晩中泣き明かしたように腫れぼったい目をしていた。二人の流す涙や悲しみに暮れた様子は、どう見ても人間的なこととしか思えなかった。ひょっとすると純一郎は事実を話していなかったのかもしれない。純一郎は、自分の妻と娘から私を遠ざけるために、あの話をしたのではないか。それがあの警告を話した動機だったのではないだろうか。彼は自分が逝った後、その代わりとして私が居座ることを望まなかったのだ。私に二人に対する恐怖心を抱かせることにより、墓に入った後も、かつて自分のものであった妻と娘を守ろうとしたのではないだろうか。そう考えると、すべてが腑に落ちるように思われた。もちろん、私は、そのような予防線を張った純一郎を責める気にはなれなかった。

雪がやむと、私は再び薪置き場と風呂場への道の雪掻きの仕事に取り掛かった。今度は一人の仕事だったので、この仕事は数日に渡る骨の折れる仕事となった。それが済むと、次に、沼への道の雪掻きに取り掛かった。この冬を生き延びるとするなら、私は、純一郎の魚を捕らえる技に匹敵する技量を早く身につけなければならないだろう。私が仕事をしている間、由貴と佐和子の姿はほとんど見かけなかった。夕方になり、家に戻ると、二人はすでにおのおのの部屋に引き篭もっており、私を出迎えているのは二人が作った粗末な食事だけだった。

そして、じきに、生活が以前と同じ状態に戻り始めた。私は、かつて純一郎が果たしていた役割と責任を果たす立場に容易く溶け込んでいった。二人の女は、いつか、喪に服す時期を終えていた。

ある晩、私が風呂桶の下に火を起こしている時だった。見上げると、空には星が輝いていた。数え切れないほどの星ぼしが、満天に輝いている。私は由貴と佐和子を呼び出し、肌が切れるほど凍てつく冴えきった夜の中、3人並んで夜空を見上げた。佐和子は一度家に戻り酒を持って出てきた。私たちはその酒を飲んで寒さを払いのけた。

二人の女が風呂に入った後も、私は外にいて二人の楽しそうな声を聞いていた。湯気の立ち上る湯の中に入っていく彼女達の柔らかそうな肉体が心の中に浮んでいた。純一郎が死んでからずっと抑えつけられていた欲望が再び表面に浮上してくる。そして前と同じく、私は娘と母の二人の間で引き裂かれる思いをしていた。

私自身も風呂に入り家に戻ると、中は暗くなっていた。次第に消えつつある薪の炎のそばに座り、さらに酒を飲み、薄いふすまだけで仕切られた隣の部屋に眠る二人の女のことを考えた。なにか至高の充足感に全身が覆われる気持がしていた。ここにはあの二人の他には私しかいない。競争相手となる者はどこにもいない。その気になれば、どちらの女も手に入れられる。どちらを選ぶか、それだけを考えればよい。だが、どちらを選んでも、選んだ時点で、私は、選ばなかった女との関係を永遠に遮断されることになるだろう。あせって決めるようなことではない。不意に、私は疲労感を感じた。今夜、決める必要はないのだ。

その夜、真夜中、私は雪に覆われた山々の夢を見た。風がひゅうひゅうとなって吹きすさぶ。私は半分眠りから覚め、その音が実際は、私の寝る部屋のふすまがゆっくりと開く音だったことに気がついた。そして、次の瞬間、月明かりに照らされた廊下に女性の影が浮び、そしてふすまが閉まると共にその影が消えるのを見た。着物が擦れる音が聞こえ、その後、温かい体が私の布団の中、横に滑り込むのを感じた。

「佐和子」

そう囁いた私の体の上に、佐和子が覆い被さるようにして自分の体を預けてきた。乳房が私の胸板の上を滑るようにして擦り上がって来る。柔らかく温かい肉丘。そして、それぞれ中央に丸い突起となった乳首を固くさせて私の肌に擦れていた。唇を合わせると、佐和子の唇が熱くなっているのを感じる。肉付きの良い張りのある太腿が、両側から私の体を押さえつけている。私の脚に触れている佐和子の女性の性の部分が、熱を帯びているのが感じられた。すっかり私の上に覆い被さった佐和子の肉体。私は彼女に完全に包み込まれ、取り込まれたような感覚を味わった。佐和子の両脚、太腿、股間、そして乳房と髪の毛。そのどれもが私の体を包み込んでいる。そして私の男性の部分も包み込まれていた。佐和子は、行為の一瞬一瞬の快感を堪能し噛み締めるように、ゆっくりとした動きで行為を行った。そしていつしか佐和子が体を震わせ、私にきつくしがみつく瞬間が訪れる。その後、私は、二人の位置を変え、私自身の佐和子の中への解放を求め、より激しく力をこめて動いた。精液が私の中からほとばしると、佐和子は深い溜息を吐き、両手、両脚を私の体に巻きつけ、一層強く私を抱きしめていた。佐和子はそのまま私の隣で眠り、夜が明ける直前に再びあのふすまを開ける音を立てて、部屋からすり抜けていった。

その日の朝、佐和子は、私との間に起きたことを認める素振りは一切見せなかった。由貴の頭越しに目を走らせ佐和子の視線を捕らえようとしたが、佐和子は私に目を向けようとはしなかった。その日、私は沼のほとりで、純一郎が教えてくれた要領で釣りをして過ごした。夕食が済むと、佐和子は普段より早く寝室に引き下がってしまった。それを見て私が落胆したのは言うまでもない。佐和子は由貴が就寝するまで待ち、昨夜、二人で行ったことをもう一度繰り返すものとばかり期待していたからである。だが、佐和子はそうはしなかった。佐和子は、由貴に、中断していた読み書きの練習を再開するよう指示し、静かに自分の部屋に引き下がってしまったのである。

由貴は、母親がいなくなると、以前よりもより恥かしげな様子になった。私は、すでにどちらを相手にするか、その選択の決定をしてしまったこともあり、由貴が昨夜起きたことを察したのかもしれないと思った。女性だけが持つ何か秘密の感覚、母と娘の間にある、私が窺い知れないようなつながりを用いて、由貴は感知したのではないか。私の隣に座っていた由貴だが、二人の距離は、文字を指差すときに手を伸ばすと彼女の着物の裾が私の腕に触れるくらいの近さだった。私は彼女が緊張しないようにと精一杯努力をし、ちょっとした話をしては笑わせたりしていたが、それでも、由貴は本のページをめくるときに手を震わせていた。

その夜、私は佐和子の反応に悩みつつ、寝床に入った後も、遅くまで起きていた。多分、佐和子は、亡くなった夫に対する忠誠心から、自分が行った行動に自責の念を感じたに違いない。その理由を思いついて私は納得することにしていた。あるいは、ひょっとすると娘の由貴がいるのを見て恥かしさを感じたのかもしれない。ともかく、翌日、佐和子と二人っきりになる時を見つけて、彼女の気持を確かめよう。そう心に誓った。

その夜も、真夜中になって、私は雪に覆われた山々の夢を見た。このときは、雪崩が轟音を立てて私に向ってくる夢だった。ひゅうひゅうと巨大な蛇が立てるような音をさせながら、真っ白な雪が私の体を包み込んでいき、回りのすべての景色を真っ白に消し去っていく。目を覚ますと、再び、ふすまがと静かに開く音が聞こえていた。そして昨夜とまったく同じ、女性の体から着物が滑り落ちる音、そして冷たくしなやかな体が私の隣に滑り込んでくるのを感じた。

「由貴!」 

あまりに驚いてしまい、私は由貴の方に動けずにいた。隣で由貴が震えているのを感じる。はあはあと速すぎるほどに浅い呼吸を繰り返していた。私は、考えをまとめようとあせったが、意味ある考えに辿り着く足場すら得ることができなかった。佐和子がこの私たちの姿を見たら、いったいどうなるだろう? 家の中の壁はあまりにも薄い。たとえ佐和子が部屋から出なくても、この部屋で何が起きているか知れてしまうことだろう。

由貴は私のためらいを察したのかもしれない。あるいは、処女の女性の切ない気持が由貴の恐怖心に優ったのかも知れない。冷たい手が私の胸と腹部に滑り来て、由貴が最も求めているものを探し始め、ついにそれを探し当てたのだった。彼女にとって初めてのものの輪郭と感触を恐る恐る探っていた。私も由貴に手を伸ばし、柔らかい胸と太腿の滑らかな肌に触れていた。そしてとうとう私は由貴を自分のものにしていた。由貴は切なそうに体を震わせていた。由貴の繊細な処女の肉門は、優しく私の力に屈し、私の欲望が見せる無骨な力の前に花を開いていった。両手足を使って私にしがみつく由貴は、あたかも、一旦私を手に入れた後は二度と離すまいとしているようだった。

私は、できる限りこの瞬間を長引かせようと、ゆっくりした動きで由貴に抽送を繰り返した。だが、いずれ私にも、もはや由貴に対する思いやりの気持を耐え切れなくなる時が来る。私は、自分が持つ男としての力強さを由貴に味わわせていた。由貴も、彼女の持つ女性的な情熱で、私のわがままな力の行使に応え、二人とも我を忘れていた。由貴の中に私の体液が放出され中を満たしたとき、体の下で由貴が小刻みに体を震わすのを感じた。由貴のあの部分は、そのとき、一瞬力を失ったように感じられたが、すぐに、以前にも増してきつく私を包み込み、大切な樹液をさらに得ようと搾り出す動きをしていた。

佐和子と同じく、由貴も、明け方近くまで私の隣にいた。由貴は、母親よりも貪欲なのか、静かに私の部屋からすべり出て行く前に、私に愛撫をして私を目覚めさせ、もう一度、愛の行為を繰り返して行った。

翌日、私は二人のそばにいるとひどく心が消耗する思いだった。どちらかが私がもう一方と寝た事実を知ったら、いったいどんなことになるのか。それを心配していた。だが、そのようなことは何も起きなかった。二人ともいつものように振舞っていた。そして、そのような調子で日常が固定し、それが何日も続いていったのだった。ある夜、佐和子が私の部屋に来れば、翌日は、娘の由貴が来る。すでに私は何日そのような日々が続いたかすら忘れてしまっていた。

そのような日々、二人にばれるのを恐れつつ生活していた私だったが、それとは別に、私は、毎晩毎晩、次々と性的悦楽の新しい高みを経験するのを感じていた。そんなある夜、私の隣で佐和子がぐっすりと眠っているときだった。まぎれもなく、ふすまが開く音が聞こえたのだった。そして、布団の中、私の隣に由貴が滑り込んできたのだった。だが佐和子は何も言わなかった。その瞬間、私は二人ともこのことをずっと知っていたのだと知り、驚きを感じた。考えてみれば、二人が交互に訪れてくるのは、あまりにも秩序だっており、偶然ではありえない。私は性的自己満足に盲目的になりすぎて、その関係を見失っていた。

母と娘の二人の女体の間に横たわりながら、私は最も期待していた願いが実現する瞬間を、恐怖と欲望が不思議に入り乱れた心の状態で待っていた。つい先ほど佐和子の中に果てたばかりなので、由貴と相手をする力が残っていないのではと不安を感じていたものの、二人は協力し合って私の体に働きかけていた。ともに手と口を使い、なだめるようにして私の能力を復元させていた。そして、いつしか私は由貴の体の上に乗っていた。私が娘の由貴の肉体を堪能している間、母親の佐和子は両手で私の体に愛撫をしていた。再び私の中から種液が噴出し、由貴の体内に注ぎ込まれたとき、私が見つめていたのは、きらきら妖しく輝く佐和子の瞳だった。

どのようにしてかは分からないが、二人は私を引き立て、3回目の行為を可能にした。このときは、私は二人の女を交互に繰り返して相手にしていた。その間、母親は娘に、男女の連結のための様々な方法や体位を示し、教えて込んでいた。佐和子は、私の分身を口に含み、私の最後の放出を引き出した。その射精の瞬間、佐和子は由貴の頭を私の股間へと押し下げ、自分の娘に私が放出したものを味わわせていた。

その夜から後の何ヶ月間が、私にとって至福の時ではなかったと言ったら、嘘をつくことになるだろう。私は、客人として寝泊りしていた小さな部屋から、佐和子と純一郎が寝ていた大きな寝室に移っていた。冬の荒々しい吹雪は家を揺さぶり続けていたが、3人とも毎晩繰り広げられる肉体の交わりに夢中で耽り続け、ほとんど関心を払わなかった。

ある日、私は、前日仕掛けておいた網から魚を集めながら、沼の氷が薄くなっているかを確かめた。薄くなっているとすれば、冬が終わりに近づいている徴候だ。それに、毎日、通る道際に生える巨大な常緑樹の幹に密かに傷をつけ、日にちを数え始めていた。3ヶ月が過ぎたとき、沼の氷が前と同じ厚さであるのを知り、少し驚きを感じた。冬はまだ締め付けの力を緩めようともしていない。だが私はそのことについてほとんど気にしなかった。高山の中にいるのだから冬が長引くのは当然だ。それに、私には二人の女と毎晩悦楽に浸る楽しみがある。春が来るのを期待する必要もないし、急いで村に降り、村人から怪訝そうな目で見られることもない。

6ヶ月が過ぎ、私は降り積もったばかりの雪を踏み歩いていた。本当なら真夏になっているはずだが、冬はいまだに終わる気配を示していない。私はふと恐怖に駆られた。私に対しては冬は決して終わらないのだ。純一郎の警告を思い出した。私は恐ろしさに狂ったようになって、その場所から駆け出し、山道の方向に向かった。だが、真っ白に雪で覆われ目印の見当たらない景色に、私はすぐに道に迷ってしまった。力が尽きるまで走りつづけ、歩きつづけた。夜になっても歩きつづけ、ようやく森のかなたに灯りがきらきらと燈っているのを見つけた。喜び勇んで必死に前進した私だったが、結局、私はどこかで逆戻りしていたらしい。その灯りは、朝に私が出てきた家からの灯りだった。

女たちにはそのことについては何も言わないことにし、雪の中に落ちてしまい気を失っていたと告げた。翌日も、私は道を探しに出かけたが、やはり夜になる頃には、元の家に戻ってしまうのだった。3回目の時には、決してこの家に戻るまいと誓い、一晩中、凍てつく寒さの中、屋外にたたずんでいた。外から、家の煙突に煙が立ち上るのを見、部屋の灯りが一つ一つ消えていくのを見ていた。

***

何年か過ぎていた。私は表面的には満足しているように見える生活をしていた。この家から逃れようと試み、失敗し戻ってきてしまった回数は、もはや数え切れない。いかに必死に試み、雪の中を這い回り、魚をとって生で食べ、森の中から聞こえてくる動物の吠える声におびえ、あの家には決して戻るまいと誓っても、長い間は外に留まることはできなかった。あの家の中には、何より暖かみがある。暖かい食べ物、暖かい寝床、暖かい由貴と佐和子。そして、あの二人の女の体に備わっているさらに温かい場所。私はそれなしでは生きていけない体になっていた。

二人は年を取ることはなく、母親はいつまでも娘の2倍の歳だった。私は今は老人になっている。何年も前に死んでしまった純一郎の年齢よりも、今は私の方が年上になっている。どうしてそのような老人が、山奥で、若く美しい妻と娘を養いつづけることができるのか、不思議に思うかもしれない。誰でも、私たちを見たら、いかに不躾な質問であっても、そう問いたくなるに違いない。あの二人の女は、雪が降り出すと、私にランタンを持たせて道に向かわせ、旅人が通るのを待ち構えさせている。


おわり